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ポエム「悲しみを越えて」

東京都板橋区に住む、小学校3年生の男の子がいました。東京都に住んでいると言っても、まだ引っ越してきて1ヶ月しか経っていません。引っ越す前に住んでいた場所は、鹿児島県の離島。未だ手付かずの自然が残ったとても静かな島です。父親の仕事の都合で引っ越す事が決まり、彼は「東京に行ける!!」とそれはもうオオハシャギでした。

『夢と現実』
彼は悩んでいます。何で悩んでいるの?答えは『いじめ』です。転校生だから?それも少しはあるかもしれません。でも、いじめられる大きな要因は『ことば』です。彼は生まれてからずっと島育ち。学校の先生とも、家族や近所の人たちとも島の方言で話していましたので、標準語のイントネーションがみんなとは違ってしまい、どうしてもなまってしまうのです。さらに、彼の知らない標準語も飛び交い、クラスの和に溶け込めず、それが『いじめ』につながっていったのです。彼は立ち向かう事も相談する事も出来ずに、ただ一人悩み傷ついていました。
『運命の出会い』
ある時、彼が学校を終えて家に向かって歩いていると、途中の大きな空き地にいつもと違う何かを感じその中に入っていきました。そこの空き地は特に何か遊具があるわけでもなく、もちろん誰か来るわけでもありません。すると、どこからか聞こえてきます。「ミャー・・・ミャー」。彼は耳をすましてその声がどこから聞こえてくるのかと探しました。居ました。そこには、まだ生まれて間もないと思われるトラ模様の子ネコちゃんが居るではありませんか。辺りを見回すと近くに親猫はいないようです。彼はそのネコちゃんが自分と同じ一人ぼっちだと思い何だか放っておけなくなって、子ネコちゃんを抱き一緒につれて帰る事にしました。
『強 敵』
ここで言う強敵とは、彼の母親の事です。彼の母親はペットを飼うことに大反対なのです。理由は、「ペットは必ず自分よりか早く死ぬ。そんな姿は見たくない!!」とやさしいのか、わがままなのか解らないのですが、それがペットを飼いたくない理由です。また、彼の母親はとにかく怖い。そんな母親に見つかったらひとたまりもない。と、悩んでいるうちに、彼の住むマンションの近くをうろついて1時間くらいが経っていました。「まずい、遅くなったら怪しまれる。」「よし!!」と、決意をかためました。彼は、母親に内緒でこのネコちゃんを飼うことにしたのです。
『父 親』
家に帰ると、いつも通り母親がいました。「遅かったじゃない。なにしてたの?」と怒り口調でさっそく始まった。「学校に忘れ物してさ、一回取りに戻ったんだ」そうすると、疑いの眼差で「ふーん」。「早く宿題と明日の準備をしなさい。終わるまで夜ごはんは食べさせないわよ!!」「わかった」と、なんとか追求されずに済んだ。実を言うと彼は、子ネコちゃんを紙袋に入れて彼の住んでいるマンションの駐輪場に隠しておきました。宿題とか明日の準備とかそんな場合ではなく、逃げてないかな?誰かに見つかっていないかな?・・・心配でたまりません。父親も帰ってきて夜ご飯になりました。彼は両親の目を盗み、用意していた小さい巾着袋に少しずつおかずを入れていきました。「ちょっと自転車見てくる。そういえば空気がなかったんだ」家を抜け出し駐輪場に行きました。そうすると・・・居ました。寒そうに背中を丸めて、手で顔を覆い。「よかった」と一安心。子ネコちゃんは彼の顔を見ると「ミャー、ミャー」と鳴き出し、彼には「どこ行っていたんだよぉ、一人にするなよ」という風に聞こえた。早速、巾着袋の中身を出して食べさせようとすると 匂いは嗅ぐけど食べようとしない。「何で食べないの?おいしいよ」どんなに小さくちぎっても食べない。すると後ろから「まだ赤ちゃんだから、ミルクの方がいいかもな」と声がした、彼は「ふ〜ん・・・え!?」と振り返ると父親がそこに立っていました。彼はびっくりして「わー!!」「いや、違うんだ、今ここに着たらネコがいて寒そうだから袋に入れてあげたんだ!!」と必死に言い訳をした。すると「その巾着袋の中身は何だ?」と言われ「い、いや、明日食べようかと思って」と訳のわからない事を言ってしまった。「寒いから家に入りなさい。」「う、うん・・・ネコは?」すると父親は「一緒に連れてきなさい。」とやさしく微笑み言ってくれた。「わかった!!よかったなお前!もうさびしくないぞ」と涙を流して子ネコちゃんを抱きしめました。案の定、母親は大反対!!父親は彼のせいで「あんたは甘いのよ!!結局私が面倒見る事になるんだから。解ってるの?」と怒鳴られてる。しまいには「日曜日は昼間からビール飲んで、ゴロゴロして。何の役にもたたない」と、今とは関係ないことまで言い始めている。「ヤッバー、怒ってるよ」と彼は父親に申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、心の中で少しだけ、「うまくやってくれよ!」と、父親を人質に出したような気持ちもあった。父親は彼にウインクをして言葉にはなかったが「大丈夫だよ。そのネコ、かわいがってやれよ!」と言っているように見えた。

これが、彼と子ネコちゃんとの長い付き合いの始まりであった。

子ネコちゃんの名前は『チム』。夢の様な仲間が地面に居た。ということから、地と夢を取って『チム』と名づけた。彼はチムを本当の兄弟のようにかわいがり、ワンちゃんでもないのにリードを付けて散歩に出かけるくらいのかわいがり様でした。

『23年後』
時は経ち、彼もチムも大人になったある日の事、彼の携帯電話に母親から泣きながら電話がありました。「チムが死んだわよ!!あんたが拾ってきたんだから最後もあんたがきちんとお別れをしなさい!!」彼はすぐにチムの元へと向かい、その道中、チムと出会った時の事、靴におしっこをして頭にきた時の事、落ち込んでいるときに励まされた事、他の家族には甘えるのに自分とはライバルと思っていた事、友達の靴を噛んで破いた事・・・色々思い出しました。知らないうちに涙が溢れ、周りの人にわからないように帽子を深くかぶりチムの元へと急ぎました。辿り着くとチムが横たわっており、母親がその側で泣いていました。チムはいつもの昼寝の格好で亡くなっており、苦しまずに逝った事がその姿から解り、少し安心しました。このとき彼は32歳、チムは23歳。本当に長生きでした。

チムが亡くなってというものの、何をするにでもチムの事を思い出して、悲しみから立ち直れずにいました。野良猫をみればチムを思い出し、飼い猫を見ると羨ましさのあまり、憎しみさえ芽生えてきました。そんな彼を助けたのが、あの強敵である母親です。彼の母親はこう言いました。「あんた、人も動物も命のあるものは必ず死ぬのよ。私もあんたもね。命っていうのはねぇ、生きている間に何をしたかって事なんだよ。チムはあんたと違って立派だったよ。23年間も周りの人間に色んなものを与えてきたんだからね。あんたは、周りに目を向けたことがあるの?チムに何かもらわなかったの?チムは、あんたにそれを気がついて欲しくて家に来たのよ。勇気を出して周りを見なさい。そして、何が出来るのかを考えなさい。解る?バカ」と。言われてみればそうだ。彼は、チムと出会った時から『いじめ』を理由に周りの人を、現実を、拒絶していたのかもしれない。自分の本心も誰にも言った事がない。というより、言える人がいない。いつも一人と自分だけが決め付けていたのかもしれない。
チムが生きた証を、チムと共に過ごした意味を自ら消してはいけない。

現実を受け入れなければ、いつまでも変わらない。

変わらないという事は、チムと生きた意味がなくなる。

変わらなければ。生きなければ。

チムと過ごした23年間を無駄にしたくなければ。

それが、恩返し。感謝の形。
ありがとう チム。

本当にありがとう。一緒に過ごした23年間は 絶対に忘れない。

ありがとう。


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